<反論1> 初診料、再診料には様々なものが含まれている。最大のものは医師の技術料である。長年かけて勉強して知識を蓄積し、さらに医学の進歩に合わせて知識を更新し、経験を重ねた上で、的確な判断をするのは決して簡単なことではない。それだけではない。医療従事者や事務員の人件費、ガーゼ・脱脂綿や消毒用イソジンやアルコール、洗浄用生理食塩水などの医療消耗品の費用、レセプトコンピューターの導入・維持費用、レジスターや領収書・明細書発行の用紙代などの事務消耗品費、診療所の修繕費、その他諸々、診療報酬としては全く請求できない費用はすべて初診料や再診料に含まれる。
散髪代3,600円、パーマ代20,000円、水道修理代5,000円、トイレのトラブル8,000円、その他弁護士の相談料、占い師の相談料などに比べても医者の初診料27,00円は本当に高いのか? 投書の男性には「あなたの体はトイレ修理の半分以下の値打ちしかないのか」と問いたい。
<反論2> ある調査によると先進西欧諸国主要都市での初診料は、バンクーバー32,200円、デュッセルドルフ25,700円、ニューヨーク21,400円、香港21,000円、ローマ19,300円、ロンドン16,100円、ロサンゼルス16,100円、ホノルル13,100円と、西欧諸国では軒並み15,000円以上であり、比較的安いところでもストックホルム6,400円、パリ3,200円、ソウル3,200円で、日本の初診料2,700円は北京2,700円、台北2,100円などと並んで最低レベルである。外国人が多く受診するような医療機関ではその安さに皆が一様に驚くという。しかも日本では国民皆保険制度で受診したい医療機関は全国どこでも自由に選べる「フリーアクセス」が保証されている。これでも初診料2,700円は高いといえるのだろうか?
<反論3> 今の診療報酬制度の下では診察が1分で終わろうが1時間かけて説明しようが診察料は同じである。もし時間でものを言うのなら、逆に時間をかけるほど高額になってもよいということになるがそれでもよいのか。
また、医師の技術料については先述したが、現制度では卒後1年目の研修医でも医師歴30年の大ベテランでも、どんなに実績のある名医でも腕の悪い医者でも、初診料・再診料は一律で全く差はない。腕の良い、経験豊富な医者の技術料はもっと高くても良いのではないかという議論はいつもあるが結局のところ、全く変わらない。患者にとってはしっかりリサーチして医者を上手く選べば非常にお得なわけでこれでも初診料2,700円は高いというのか。
さらに言えば、この男性の場合は非常に軽微な皮膚症状で受診したわけであるが、診察で偶然皮膚癌など重大な病気が見つかることも決して珍しいことではない。そういう場合には初診料2,700円はむしろ「安すぎる」わけで、診察結果によって初診料や再診料の値打ちが変わってしまうことなどは全く頭にはないようだ。
また、皮膚科や眼科など、あまり命に関わりのない診療科は低く見られがちであるが、内科や外科なら命にかかわることがあるから初診料や再診料はもっと引き上げるべきなのだろうか。他の患者も診療科によって初診料の差をつけることなど果たして望むのだろうか。
つまり、今の日本では診察の時間、医師の技量、診断結果、診療科などによって診察料が左右されることはないが、一方で患者は医師を自由に選べる非常に有難いシステムになっている。国によっては住んでいる地域や加入している健康保険の種類で受診できる医療機関が指定され、かかりたい医者が自由には選べないところはいくらでもある。患者側にとってはこの投書の男性が感じたようなデメリットよりメリットの方がはるかに大きいと思うのだがいかがだろうか。この男性の見方は非常に一面的で底の浅い考えと言わざるを得ない。
診察結果をみて物を言うこの男性の言い分は、診察して検査した結果異常がなかったから診察料は払わないというモンスター・ペイシェントの非常識な言い分と大差ない。そもそも国民皆保険の制度自体が健康で医者にかからない人ほど損になる仕組みにできており、それはその分病気になった人々に回されるわけで「共助」の精神に上に成り立つものである。それを否定するのは一向に構わないが、代わりの制度がより格差社会に拍車をかける可能性が高いということを分かっているとは到底思えない。
よく日本人は「水と安全はタダだ」と思っているといわれるが、医療も然りで、医者など自由にかかれてしかも安いのが当たり前だと思っている。しかし、この医療制度は医師に対する抑圧の上に成り立っており、昔のように患者から感謝されていた時代ならまだしも、昨今のように医師を非難するような風潮が増すにつれ医師たちの間にはどんどん不満が膨れ上がっていることを知るべきである。
<反論4> 「機械を使った診察でもないのに高すぎる」というくだりは果たしてどうなのか。これも日本の患者が医師の技術料をいかに軽く見ているかの表れである。この男性にとっては、診断をつけるために「機械を使う検査」や血液検査をフルコースでする医者の方が、無駄な検査を省いて的確な判断を下す医者よりもありがたいのだろうか。
日本の国民皆保険制度は、貧しい患者でもしっかりした医療が受けられるようにという趣旨のもとで始まった制度であり、医師の不満をよそに医師の技術料は過度に低く抑えられたが、「足らない部分は薬価差益など他の部分で補って下さいよ」と裏で厚生省に言いくるめられてスタートした。ところが、数十年経ってマスコミなどから「医者が薬価差益で儲けるのはけしからん」とか「医者は儲けばかり考えて検査漬けにする」などと批判されるようになると、そのような口約束などは忘れ去られ、今や薬価差益などないに等しいどころか、院内処方の診療所では期限切れのデッドストックや消費税の損税によって不利益が出る始末である。だからと言って「無形である」医師の技術料は全く上がらず、医師の間では不満が渦巻いている。だからこういった「初診料が高すぎる」といった批判には敏感に猛反発するのである。
この皮膚科では無駄な診察時間、無駄な検査は全くなく、ルールに従って必要最小限の請求しかされておらず、良心的すぎるくらい良心的である。この男性はむしろ余計な検査をされずに短時間で安く済んで良かったと喜ぶべきではないのか。
<反論5> 「近所の医者は大きな家に住み、高級外車に乗っていて儲けすぎではないか」というのも全く感情的で悪意に満ちた根拠のないものと言わざるを得ない。一部の医者がそうであるからといってすべての医者がそうであるとは言えないし、もしすべての医者が仮にそうであったとしてもほとんどの医師はそれに見合うだけの研鑽を積み、努力をして骨身を削って働いてきた結果得たものであり、何ら非難されるべきものではない。それどころか近年は診療報酬の締め付けが厳しくて借金を返すのに四苦八苦している開業医も多く、医師優遇税制があった昔の医師の時代とは全然違う。それでも不当だというのなら、ほとんどの医師はやる気を失うであろう。全く医師という職業に対していかに理解がないのかと嘆かわしくなる。
株の売買や商売で成功し、大儲けした者がもてはやされる一方で、自らの家庭をも犠牲にして患者のために寝食を忘れて働いている医師が少し良い暮らしをしているからと不満をぶつけられるのはどういうことなのだろうか。おそらくこれは、これら一般企業の経営者などと異なり、医者は公費(税金)から収入を得ているとみんな漠然と思いこんでいるからのような気がする。実際は医療機関への支払いは診療報酬制度によって保険料と公費と窓口収入の3つから成り立っているが、そこで支払われる診療に対する対価は国によってかなり安価に設定されており、自由に引き上げることはできない。医師個人の収入はその中から仕入れた薬の代金、従業員への人件費、医療器械のリース料、家賃、備品の購入費、修繕費など諸々の経費をやりくりして差し引いた中からやっと最後に得られるものである。
そもそも医師という職業は国家公務員でもなく、ボランティアでもなく、自由業である。医師にも家族があり、生計を立てねばならない。最近でこそ少し改善してきたが、医師として一人前になってまともな収入を得始めるのはほとんど30歳を超えてからであり、他の職種に比べると非常に遅い。それでも患者のためを思い、国民のためと思ってこの制度を甘んじて受け入れているのである。こんなことを言われるくらいなら保険医療など捨ててしまって美容外科医と同じように医療の値段を自分たちで自由に設定し、それでも自分の腕を買ってくれる患者だけを相手のした自由診療にしてしまおうという医師がますます増えてくるかもしれない。そうなれば国民皆保険制度は一気に崩れ、国民全体としての損害は計り知れないものになるであろう。
<反論6> 「自分は健康保険があり1割負担ですんだが国民医療費は高騰しており、診察料の軽減を考えるべきだ」というくだりもとんでもなく短絡的である。
まず、そんなに国民医療費の高騰が心配ならそんな些細な症状で健康保険を使うな、国民医療費を引き上げているのはむしろ自分だろう、ということになる。国民医療費の高騰を抑えたい財務省などはちょっとした風邪ひきやこの男性のような軽い病気を保険診療から外して自費診療とすることを虎視眈々と狙っている。そこまでいかなくとも、医療保険を高額医療費の軽減を柱とし、定額医療費の自己負担を4割以上に引き上げるという考えを主張する経済学者もいる。このような主張はまさに医療の内容を考えない財務官僚や経済学者の思うツボである。
タダだからと救急車をタクシー代わりに使ったり、便利だからと夜間小児救急をコンビニ受診したりする患者が大勢いる今の世の中である。こういう人々には、医療は公共財であり、共同体の共有財産であって、みんなで大事に守り育てていくべきものであるという意識が決定的に欠落している。アメリカ的自由主義が行き過ぎた結果、自己中心的な権利意識ばかり高まっている昨今、診察料を下げることで国民医療費が抑えられると考えるのは実に短絡的である。むしろ診察料が安くなってこのご老人のような、無駄とは言わないが、非常に軽微な症状で受診でする患者が増えるほど医療費を膨らませる結果になりかねない。
<反論7> 今回の件では最初の投書の約2週間後に千葉から遠く離れた大阪版に、しかも少し言い過ぎの部分を削り、タイトルを変えただけの形で、同じ内容の投書が載るのは非常に不自然である。一方では、九州在住のある医師が朝日新聞西部支社に反論の投稿をしたところ、西部支社から電話があり、指摘された投稿は西部支社の掲載ではないので反論投稿の掲載はできないと言われたという。また、関西在住のある医師が、投書の表題や内容変更の件について朝日新聞大阪本社に抗議の電話をしたところ、それについては明確な返答がなく電話を一方的に切られたという。
もちろん世の中には多種多様の考え方があってそれを個々で主張するのも自由であって、こういう意見があることを全部否定するものではない。しかし新聞社に届く数多くの投書の中からどのような内容のものを取捨選択するかは新聞編集者の一存にかかっており、新聞社の意図を色濃く反映していると言わざるを得ない。
新聞がある意図をもって何らかの主張をしたい時に読者投稿などで観測気球を打ち上げ、反応を見てから社説などに取り上げるのは常套手段であるという。時には記事自体を捏造することすらやりかねない(朝日新聞には前科がある)。従って、この投書は単なる一個人の意見として取り上げるべきではなく、裏に朝日新聞編集者自身の、医師に対する批判や偏見・悪意があるのは明らかである。
自らの主張があるのなら、言い逃れができるように一個人の投書に隠れてコソコソと反応を伺うような姑息で卑怯な態度ではなく、正々堂々と論陣を張ったらどうなのか。我々医師は真っ向から反論したい気持でいっぱいである。このような朝日新聞の偏向報道のひどさは今に始まったことではないが、このような意見を載せて多くの善良な医師を攻撃することに本気でメリットがあると思っているのであろうか。そのことが引き起こすデメリットに思いを巡らせたことはあるのか。マスコミが医療制度に対してこの程度の浅薄で思慮のない理解しか持っていないとすればもはや絶望的である。
|