医療法人 さほり眼科

 

 

近鉄奈良線「若江岩田駅」近くの眼科。赤ちゃんの目の健康相談、こどもの視力低下から、大人のつかれ目、中高年の白内障、緑内障に至るまで幅広い診療を行っております。コンタクトレンズ指導・取扱い。
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2010年のひとりごと

2010年度の日記一覧

真の実力と金メダル ~バンクーバー五輪女子フィギュアスケートを見て~

3月17日

 

3月17日

バンクーバー冬季オリンピックが終わった。
 女子フィギュアでは浅田真央が女子では史上初、トリプルアクセルをショートとフリー合わせて3回もしっかり決め、131.72点と自己ベストを更新したにもかかわらず、銀メダルに終わった。対するキム・ヨナはぶっちぎりの150.06点の世界新スコアでの金メダルであった。

 ハイレベルのよい試合だった、との評論が多かったがちょっと待て・・・!

 ハイレベル? では1位と2位の間の18点以上もの点差は何? 点差を見ればキム・ヨナがフリーでもし仮に2回ほどぶっ転んでいたとしても浅田真央が勝てなかったほどの大きな差である。今回2位浅田真央と8位の選手の差にほぼ等しい大差である。そんなに2人の間には実力差があるの??

 

このことは図らずも今のフィギュアの審判、採点方法のいびつさを露呈したといっても過言ではない。キム・ヨナはこの4年間、「技を磨く」というよりもひたすら“バンクーバー”オリンピックでの金メダル獲得を目指してきた。カナダ人コーチをつけ、カナダに本拠を移し、北米受けする選曲をし、4年間同じプログラムを磨き続けた。カナダ人のコーチは浅田真央のようなトリプルアクセルを飛びたがったキム・ヨナに対して「君にはできない」とあきらめさせ、別のアプローチで金メダルを取る方法を研究した。それは出来栄えによる加点を最大限引き出すことであった。

 今の採点法ではいくら難易度の高いジャンプをしても完璧でなければ、難易度の低いジャンプを完璧にこなした時よりも点数が低くなる。だからそこそこの難易度の技をひたすら反復してミスなく完璧にこなせばおのずと点数は付いてくる。同じ演技を繰り返し繰り返し練習していけば加点はどんどん上がっていく。実力をつけることよりも点数を取ることを優先したのである。

 対照的に浅田真央は求道者のごとく非常に難しいプログラム、難易度の高い技に挑戦し、あきらめることなく磨いてきた。しかし、それは点数を上げるためだけのものではなかったため、キム・ヨナに及ばなかった。それだけのことである。しかし、こんなに大差があくほど及ばなかったという採点システムに疑問を持つ人がたくさんいたのではないだろうか。

 男子フィギュアでも4回転を成功させたプルシェンコが4回転を回避したライサチェクに僅差で敗れた。これも女子と同じ構図であるが、女子ほどの大差ではなかったため、それほど目立たなかった。それでもプルシェンコは採点法に疑問を投げかけ、失敗したが4回転に挑戦した高橋大輔や小塚、女子で史上初のトリプルアクセルを見事成功させた浅田真央ら日本の選手を称賛した。

 

確かにキム・ヨナの演技は今回の金メダルを取っても全くおかしくないものではあった。しかし、ちょっとやりすぎたんじゃないかな。キム・ヨナは、金メダルを取るためのスタッフを大勢揃え、2週間に一度くらい審判とも意見交換をしていたという。選手村にも入らなかった。想像で申し訳ないが、審判だって人間である。贈収賄まではいかなくとも、日頃から審判たちと頻繁に付き合い、時には接待もあっただろう、情が湧いて好感を持ち、贔屓しても不思議ではない。キム・ヨナはすでに韓国のアイドルで、CM等で高額の収入があり、資金は潤沢である。アマチュアリズム蔓延の日本選手とは、練習環境も考え方も全く異なる。金メダルを取るために考えうるあらゆることをすればあの点数が出ても全く不思議ではないわけである。

 普遍的な実力をつけるのではなく、点数を上げることに専念すれば金メダルは取れるのである。勿論、そのためには一方ならぬ努力が必要なことは言うまでもないし、キム・ヨナの「金メダルを取る」という一点で貫かれた執念や努力は称賛に値する。しかし、あの点差を見て、オリンピックというのは真の実力を測る場であるというのは幻想で勝手な思い込みであるということがよく分かった。真の実力・技量をもつものが優勝するとは限らないのである。

 体操の世界でもコマネチが10点満点を連発して基準が変わり、次々と難易度の高い技術が編み出された。フィギュアで今のような採点基準が続けば難易度の高い技に挑戦する選手はどんどん減っていくであろう。これはフィギュアスケートに対する思想の問題であるが、今のやり方は非常にバランスを欠いていると言わざるを得ない。点数にこだわる限り、新しい技術が発展する望みは薄く、フィギュアスケート界の未来が危ぶまれる。

 くしくも、最後のエキシビションで、浅田真央は生き生きした表情で、非常にテンポの良い素晴らしいステップを見せ、その能力の高さを観客に示した。非常に難易度が高く、魅力的な演技を楽しそうに行った浅田真央と、全く平凡で面白味のない演技をしたキム・ヨナは非常に対照的であった。キム・ヨナにはあの演技以外、あまり応用力がないのであろう。どちらが真に実力を持ったフィギュアスケーターであるかは素人目に見ても一目瞭然であったと思うが、これを見た世界中の人々の目には果たしてどう映ったのであろうか。

 

今の医療保険制度を見直して窓口のキャッシュレス化を実現しよう!

8月1日

 

8月1日

<はじめに>
 最近、純粋な「医療そのもの」以外の部分で医療機関の負担が大幅に増えているように感じる。その多くは医療費の支払いに関連する部分なのだが、そこで、現在の医療保険制度のあり方についてもう一度原点に立ち返って見直して考えてみた。

<現在の医療保険制度に対する私見と提案>
1)『医療行為に関する部分と医療費の支払いに関する部分を明確に区別する必要がある』
 まず、患者と医療機関の間で生じる摩擦は、「医療行為そのもの」に関するトラブルと「医療費」に関するトラブルの2つに大別されるが、ここではそのうちの「医療費」に関するものについてのみ論じたい。

 

2)『医療行為に関しては、当然すべて医療機関側に患者に対する説明責任と義務がある』
 保険診療であろうが自費診療であろうが患者側の医療費の支払い方に関係なく、医療行為そのものに関する説明責任を持つのは医師だけである。

3)『医療保険制度の本質から言えば、本来医療費の支払いに関してはすべて保険者を介して行われるのが原理原則である』
 私の考えでは、ほとんどの患者・保険者は言うに及ばず、医師でさえ保険制度の原理原則について正しい理解をしていないのではないかと思う。
 患者が自由診療ではなく医療保険制度の利用を選択した場合、「医療費の支払い」に関して、患者と保険者、保険者と医療機関の間でそれぞれの契約関係はあるが、本来、患者と医療機関の間には直接の契約関係はないはずである。
 すなわち、医療機関側は患者から保険証提示を受けると、保険者との間の契約関係に基づき、患者には「医療」という現物給付を行う。そして医療機関は発生した医療費を国の定めた診療報酬体系という公定価格のルールに従い「全額」を保険者に請求する。
 一方、患者は月々の保険料の他、国の定めに従って、かかった医療費のうちの一定割合を一部負担金として支払う。原理原則から言えば、一部負担金は「医療機関」ではなく「保険者」に支払われなければならない。これが保険診療における本来のお金の流れである。患者が自由診療を希望する場合はこれに当たらず、患者と医療機関の間の直接の支払い契約となる。

 

4)『現在行われている医療機関による患者の一部負担金徴収は本来保険者がすべきものであり、医療機関はそれを単に代行しているに過ぎないと考えるべきである』
 保険者によっては国民皆保険制度の開始当初から現在に至っても患者の保険料未納で苦しんでいるところがある。ましてや患者が医療機関受診後に一部負担金を自主的に現金で保険者に納入してもらうというのは当初より現実的には困難ということだったのであろう。医療機関が保険者に代行して患者受診時に徴収するという方法が最も合理的であるとして採用されたものと思われる。一方、医療機関側にとっても医療費回収まで時間を省けるこの方法は運転資金確保の上で利があったと考えられる。
 現在、医療機関による一部負担金の徴収は固定観念となっており、現に法律でも定められている。その結果、医療費の支払いは医者も患者も誰もが医療機関と「直接の」契約関係があるものと思い込んでいる。また患者は、一部負担金の額がそのまま医療費総額であるという錯覚に陥りやすく、本来の医療費よりはるかに安い金額が医療機関にかかった時の「相場」となっている。
 よく「日本人は水と安全はタダだと思っている」と諸外国より批判されるが、医療費も似たような感覚で、患者にとって医療費は一部負担金レベルの非常に「安価な」相場感なのである。だから、同じ検査や投薬内容なのに日によって金額が異なるとか、不要な検査をされたとか、様々な加算料による10円単位のわずかな違いに対して直接医療機関に説明を求めてくる人が多数出てくる。
 患者のクレームの大半が加算料など度重なる改定で極めて複雑になった診療報酬体系によるものなのであるが、医療機関が患者にこれを納得させることは多大な時間と労力を要する。これは「診療」という医師の本分の大きな妨げとなっており、また患者の医療費に対する要らぬ不信感を生ずる一因となっている。このように、「一部負担金徴収は医療機関がすべきもの」という既成概念は医療機関にとって非常に大きな弊害を生みだしている。

5)『医療保険制度の原理原則に従えば、医療機関は医療費の請求に関して保険者に対する説明責任はあるが、直接患者に対してはその義務を負う必要はない』
 我々医療機関は「貧富の差に左右されない医療=国民皆保険制度の維持」という大義ために、先進国中最も技術料の評価が低い診療報酬制度という国の定めた公定価格ルールを甘んじて受け入れ、粛々と医療費請求を行っているに過ぎない。この取り決めは医療機関と保険者との間のものであり、医療費の請求と支払いは主にこの両者の交渉で決められる。従って、医療費に関する患者の疑義に対しては本来医療機関ではなく保険者が説明する義務がある。

 

6)『明細書発行は医療費支払いに関連する問題であり、もし患者が発行を望むなら保険者の責任において発行すべきである』
 医療情報を求める患者団体やマスコミは診療明細書の公開が医療の透明化につながるとしている。患者が受ける検査や処置、投薬の内容、手術など医療について医師が説明することは当然である。しかし、明細書の発行は本来医療の内容を説明するものではなく、医療費の請求に関するものであり、先述したように彼らは医療行為と医療費の問題を完全に混同している。一部負担金の代行徴収のみならず、明細書の発行まで医療機関に押し付けるのは全くの筋違いであり、保険者の怠慢と言わざるを得ない。

7)『患者が医療費の支払いに関して疑義が生じたなら、患者は直接医療機関に求めるのではなく、保険者を通して説明を求めるべきである』
 患者にとっては非常にまわりくどいかもしれないが、保険制度を利用する以上、医療費に関しては保険者が間に立つのが保険制度の原則である。このことは一般の自動車保険や損害保険などで、保険加入者と相手の間に保険会社が介入して賠償等の交渉をするのと全く同じ理屈である。

8)『納得のいかない患者に対し、複雑な診療報酬体系の仕組みについて説明する責任は医療機関ではなく保険者の方にある』
 保険者は、月々保険料を徴収する代わりに、医療が必要になった場合、こういうルールに基づいて医療費を負担するという契約をあらかじめ患者側に説明すべきであるのに今は全くその努力すら行われていない。医療機関が国の定めた診療報酬体系という非常に複雑でわかりづらいルールに則って医療費を請求していることを患者に説明するのは本来保険者の仕事である。保険者は診療報酬改定の度にすべての被保険者(患者)にあの分厚くわかりにくい説明書を送付して説明すべきだし、患者側は文句を言うならもっと保険について勉強してもらわねば困る。

9)『保険者は医療機関の請求に疑義があれば納得できるまで支払いを停止すればよい』
 保険者は、もし医療費請求に疑義や過誤があれば医療機関に問いただし、修正させねばならない。修正後、確定した時点で患者から一部負担金を徴収すれば現在生じているような過誤調整による一部負担金の返金問題も生じない。

 

10)『保険制度の原点に返り、一部負担金の徴収を保険者が行えば、すべての医療機関の窓口を原則キャッシュレス化できる』
 医療機関窓口のキャッシュレス化には非常に利点がある。現在多くの医療機関を苦しめている患者一部負担金の未収問題は一挙に解決し医療機関の負担は大幅に軽くなる。医療機関は患者からの医療費に関するクレームは受け付ける必要はなく、医師は本来の業務である医療行為自体に専念できるようになる。

11)『一部負担金の徴収は保険証をクレジットカード化することで解決できる』
 保険者による患者からの一部負担金徴収を現行通り現金で行おうとすればその徴収に膨大な労力と経費がかかり、効率的な回収はまず困難と考えられる。保険者がどういう方法で徴収を行うかは自由であるが、今の時代に半世紀前と全く同じように「すべて現金で徴収する」というやり方自体が時代遅れである。
 細かい問題は出るかもしれないが、保険証にクレジットカード機能を持たせて患者口座より引き落としすれば概ね解決できるはずである。患者は受診毎に必ず保険証の提示が必要となるので、現在のように保険証の資格喪失後受診や確認不備による返戻は激減するであろう。患者にとっても、保険証1枚あれば現金がなくとも日本国内のどこでも医療を受けることができるようになる。
 また、現在は困難な過誤調整による患者への返金も容易に行えるようになり、メリットは大きい。政府が医療の効率化・IT化を求めるというなら、レセプト請求オンライン化などよりよほどこの案の方が効果的で価値が高いし、ほとんどの医療機関は喜んで協力すると思われる。
12)『医療機関では患者に領収証は発行せず、医療費通知書と医療内容通知書を発行する』
 窓口キャッシュレス化になれば医療機関は患者に領収証を発行する必要はない。代わりに医療費総額(10割分)及び一部負担金の金額を記した「医療費通知書」を発行する。また、希望する患者には検査・処置・手術・薬剤など「治療に関わる部分」の名称のみ(初再診、加算などは入れる必要がない)で点数・金額の入っていない「医療内容通知書」を発行すればよい。金額・点数を入れてもよいが、その場合、医療費に関する疑義について、医療機関は一切受け付けずに保険者がその説明義務を負うべきである。このやり方で患者団体やマスコミの要求する「診療内容の透明化」については十分に達成できる。医療費控除のためなど、一部負担金の領収証の発行は無論保険者が行うべきことである。

 

13)『これら医療保険制度の改革をするためには現行の健康保険法や療養担当規則などの法的改正が必要であり、最終的には政治家を巻き込んだ議論が必要となる』
 この改革には最終的に法律改正が必要である。道筋としてはまず医療機関側(医師)の間での共通認識と意思統一が第一歩である。次に日本医師会がリーダーシップを取って政治家・患者団体・保険者・マスコミにこの案を訴えかけて必要性を説く。最後は政治家に積極的に働きかけ、法案を成立させる。この際、日本医師会のトップは現政権にしっかり物が言える存在であって欲しい。
 これまでの医師会は常に受け身であった。政府の委員会、厚労省、患者団体、保険者などから混合診療解禁、レセプトオンライン化、診療明細書発行など、様々な圧力をかけられては反対するのみであった。マスコミや一般国民からは既得権を守るための抵抗勢力と見られるだけの存在であった。今後はこちらから積極的に「筋の通った案」を彼らに突きつけ勝ち取っていく「攻めの姿勢」こそ「新しい日本医師会」に求められている。

<まとめ>
・ 患者側と医療機関側の医療費支払いに関する問題はすべて保険者が間に入るのが医療保険制度の原理原則であり、その原点に立ち戻って医療保険制度を見直せ。
・ 保険証をクレジットカード化すれば医療機関窓口のキャッシュレス化は容易に達成でき、医療機関や患者の負担を大幅に軽減できると思われる。

<おわりに>
 私自身は現在の日本の医療レベルを考えれば今の国民皆保険は非常に理想的であるし、今後も堅持していくべきだと考えている。ただ、これは全国の医師たちの強い倫理観や奉仕の精神に支えられて成り立っているものであることを国民はもっと理解すべきだ。国民皆保険制度の破綻と医療崩壊を防ぐためにはできる限り医療機関の負担を減らすことが重要である。その方策として原理原則に基づいた医療保険制度の見直しは十分筋が通る話だと思う。何よりも医師が本分である「医療行為のみ」に専念しやすくなるのが最大のメリットであり、これは患者・国民にとっても最も歓迎すべきことであると思う。

 

コンタクトレンズ量販店汚職事件から考える

11月1日

 

11月1日

コンタクトレンズ(以下CL)販売会社「シンワメディカル」がチェーン展開する19販売店に併設する一連のCL診療所「アイスペース」に対する監査を逃れようとして厚労省職員に贈賄して経営者らが逮捕された汚職事件についての記憶はまだ新しいと思う。

 これまでもCL診療所の不正請求が発覚した際には、CL販売チェーン店が派手な安売り広告で大量の集客をして併設のCL診療所に誘導し、診療報酬で膨大な利益を上げているのではないかというマスコミ報道がしばしば見受けられた。厚労省はここに目をつけ医療費削減策の一環として平成16年よりCL検査の包括化と施設基準の引き締めを2回にわたって行い、CL診療所の多くが経営的に大打撃を受けた。今回、“CL診療所の監査逃れ”のために“CL販売会社が贈賄した”という事実は、本来営利目的であってはならない医療行為による診療報酬が紛れもなくCL販売会社の営利に直結していたということを示すものである。

 

CLは平成17年4月の薬事法改正により心臓のペースメーカーや人工骨、人工内耳などと同じ高度管理医療機器(クラスⅢ)に分類され、その使用に際してはより高い安全性が求められるようになった。それ故にCLユーザーの目の健康を守るためには眼科医によるモニタリングが不可欠であることは言うまでもない。倫理的、金銭的な問題もさることながら眼科医としては医療的な問題、すなわちCLユーザーの健康被害の面を最も重視すべきであり、眼科研修を全く受けていない医師が平然とCL診療を行い、目の健康被害拡大を招いている実態を最も憂慮している。しかし、現在の法律では医師免許さえあれば勝手に眼科医を標榜してCL診療をすることに違法性はなく、CLユーザーに診療所を見極める意識をもってもらうより仕方がないというのが現状である。

 しかし、もし管理医師が眼科医であったとしても、今回のCL販売会社のような営利企業に雇われた場合、医師としての倫理観・道徳観を貫き、雇い主の営利優先の方針に逆らって干渉を受けずに診療することが果たして本当に可能か大いに疑問である。今回、CL販売会社という営利企業が実質的に診療所を経営していることが明らかになったが、この問題は眼科に特化して矮小化してはならない。医療の倫理を持たない営利企業が医療に参入した場合に起こりうる問題として捉え、ここ数年来の「株式会社による医療経営参入」「混合医療解禁」「医療ツーリズムの奨励」など「医療の商業化」の流れに対するひとつの警鐘と考えるべきである。営利企業の医療への参入を認めるとこういう事件が起こりうるということを、経済優先で医療に市場原理を持ち込もうと考える関係者は深く肝に銘じて欲しい。

 診療報酬制度は、営利性を否定し患者の健康を最優先するという医師の強い自律性と倫理性の上に成り立っているということを忘れてはならない。医師の上に営利を最優先する企業が立った時、医師として当然であるべきこのことがどこかに追いやられ、診療報酬制度の根本が崩れ去ったことが今回の事件につながっている。時に営利目的を優先させた医師が問題を起こすこともある。しかし、営利の追求を目的とする企業が医療経営に参入して問題が生じた時の規模はその比ではない。まさに小売店とチェーン展開する大手スーパーマーケットとの差に匹敵する。今回の事件は営利企業が医療に参入した時の危惧を実証するものである。

 

ただ、特にCL診療を専門として真面目に眼科診療を行っている診療所にとっては同類と見られかねず、心底怒りを覚えている眼科医も数多くいるであろう。CL診療を主としていない一般眼科医も含め大変迷惑な話である。これはまさに営利企業が主導している診療所であるのか、CLユーザーの目の健康を守ることを最優先するという倫理観を持った眼科医師が主導している診療所であるかという区別に尽きる。この点をマスコミや一般の人々がきちんと理解してくれるかがポイントである。

個人的には「CL購入時に眼科専門医によるCL処方箋発行を義務化すること」が最善策と考えている。「CL処方箋の発行」により、薬剤処方と同様にCL処方も用量をしっかり規制すればCLユーザーの定期検査が可能になる。「眼科専門医による」というところはよりハードルが高いがここを同時に抑えないとあまり意味がない。いずれにせよ法制化までは地道な活動を要する問題である。

また、本件CL診療所の元管理医師が「レセプトはCL販売会社が一元管理をして診療報酬を請求していた」と話したという報道に見られるように、雇われ医師たちは診療報酬請求には全く関与していなかったのであろう。しかし、不正請求が明らかになった場合にはCL販売会社にではなく、管理医師である雇われ医師たちの責任が問われて管理医師個人にペナルティが課せられることになる。他科の医師のみならず、特に若い眼科医は、甘い言葉に乗せられてうっかりこのようなCL診療所の管理医師になると非常に大きな代償を払うことになりかねないことをこの際声を大にして警告しておきたい。

(大阪府眼科医会会報190号:巻頭言より)