看過できない財務省の背信行為と政治家の責任

 2022年7月15日にYouTube上で安倍元首相の置き土産とでもいうべき1本の動画が公開され、我が国の議会制民主主義の根幹を揺るがす財務官僚の背信行為が明らかにされました。これは6月15日の自民党の「責任ある積極財政政策を推進する議員連盟」の第8回勉強会に講師で招かれた安倍氏の「証言」です( https://youtu.be/nqEpzjmno_o?t=2288)。財務省は2016年度から本年度までの6年間、社会保障費の伸びは3年間で1.5兆円、それ以外の予算の伸びには3年間でわずか0.1兆円という財政キャップを嵌めて予算編成を続けていました。しかしこのことは財務官僚以外、一般国民は言うに及ばず、マスコミや他の省庁、国会議員、そして内閣総理大臣までもが知らないところで行われていたのです。

 財務省の「錦の御旗」は「骨太の方針2015」でした。これを閣議決定したのが安倍内閣なのですが、当時、この重大な財政キャップのうち、社会保障費1.5兆円については議論もされ、「骨太」の本文中に記されています。しかし社会保障費以外の3年間0.1兆円の部分はその数ページ前の最下段に、活字を小さく、薄くした脚注に、非常に分かりにくい間接的な表現で書きこまれており、両者を合わせて初めてそう解釈できるよう仕組まれていたのです。このことは安倍氏だけでなく、他の閣僚や安倍氏の側近も気づかず、自民党政調でも全く議論されていません。

さらに彼らが悪質で狡猾なのは、3年後の「骨太2019」に「(次年度予算は)骨太方針2018に基づく」との文言を入れることでさらに3年間、隠された「3年間0.1兆円」の財政キャップを誰にも知られることなく安倍内閣に再度閣議決定させて更新していたのです。そしてこの6年間は政治家や他の省庁が次年度予算を上げようといくら折衝しても、財務官僚からは何の説明もないままはねつけられていました。

もっと酷いのは、国民が生活苦に喘ぎ、十分な財政出動が必要なこの非常時に、彼らは緊縮派議員を使って「骨太2022」に「骨太2019」の時と同様の文言を組み入れ、今後の3年間も同じ財政キャップを嵌め続けようと画策していたのです。幸い、この企みに気づいた高市早苗議員ら積極財政派が「ただし、重要な政策の選択肢をせばめることがあってはならない」という一文をねじ込み、何とか予算増への道を開きました。さすがの安倍氏もこの動画で「閣議決定したのだから自分の責任ではあるが、小さな脚注を盾に財政キャップを続けている財務省は余りにも不誠実だ」と不快感を露わにしているのです。

 安倍氏批判派や野党からは、文章を隅々まで読んでいない安倍氏の責任だ、内閣の責任だ、という声が高まりそうですが、これは悪意を持って騙した詐欺師よりも騙された被害者が悪いと言っているようなものです。指摘できなかった野党やマスコミの責任でもあります。政治家を補佐して実務を行うのが官僚の本分であるはずなのに、財務官僚は省益を守るため、議員に議論させないよう小細工を弄した上に故意に説明義務を怠り、首相を始めとする政治家の全幅の信頼を裏切ったのです。正しい政策と思うのなら堂々と議員に意見を具申すればよいのです。結果責任は騙した議員に被らせて自分たちは素知らん顔です。他省庁への信頼も失墜させました。このような詐欺まがいの背信行為は言語道断であり、選挙で選ばれた議員への背信は即ち国民への裏切り以外の何ものでもありません。

それだけでも十分許されないところですが、財務省が省是とするPB黒字化の緊縮財政によって、四半世紀もの間、日本は先進国で唯一十分な経済成長を果たせず、多くの国民が低賃金に喘ぐ最貧国に転落し、尚かつ今なお省是に固執し緊縮を続けようとしているのです。財務省は、貨幣発行権を持つ国家財政を、全く異質の家計になぞらえ、「国家の借金が国を亡ぼす」「国民一人当たり数百万円の借金」「先の世代にツケを回すな」などと政治家、国民に財政破綻論を散々吹き込んで脅してきました。ところがコロナ禍で国民は甚大な経済不況に陥り、政府は前例のない多額の緊急財政支出を強いられましたが財政破綻など起きないことが図らずも実証され、財務省の大嘘がばれてしまったのです。分が悪くなった財務省はさすがに「財政破綻」は言わなくなり、最近は「財政規律」や「財政健全化」とすり替えています。

これでデフレ下の緊縮財政が大間違いだと気づき、今の財政政策では日本の経済成長は見込めない、安全保障もままならない、と危機感を覚え、ようやく「高圧経済」が必要と覚醒し、積極財政派へと宗旨替えする議員が加速度的に増えました。しかしながら固定観念が強く財政破綻論から脱却できない高齢議員や、若手でも財務省の洗脳が強いか派閥に逆らえない緊縮派議員はまだまだ多い情勢です。また積極派といえども、今は自民党内でMMT(現代貨幣理論)や消費税(減税や廃止)の話をすると全く相手にされないので、これらが正しいと分かっていても言えないという空気は変わらず、まだこの先、十分な経済成長が望めるような状況になったとまでは言えません。

安倍氏は、「アベノミクスは財政出動が不十分だった。消費増税分はすべて社会保障費に充てるという約束と違う。今度こそ財務省に騙されない」と決意し、堂々と「日銀は政府の子会社」といった正しい反財務省的発言もしました。そして党内の積極財政派を一番後押ししていただけにその不慮の死は国民にとってとてつもなく大きな痛手と言えます。因みに緊縮財政を唱えていた欧米先進国はコロナ禍でいち早くこれに気づき、緊縮財政から積極財政による高圧経済へと見事に転換しています。このリアリストぶり、変わり身の早さこそ本来見習うべきなのですが、日本では「インフレは悪で緊縮財政が正しい」いう硬直した考えから抜け出せない財務省が立ちはだかっている状況です。因みに、今の主にエネルギー資源価格の上昇によるコストプッシュ・インフレ(デフレを助長します)と、好景気で物が売れすぎて生じるデマンドプル・インフレとは明確に区別されねばなりませんので注意が必要です。

少し余談になりますが、実は財政問題の根幹は「貨幣の信用創造」と「そもそも税金とは何か」という2点の本質的な理解にかかっています。貨幣が金に裏打ちされていた時代は遥か過去のことであり、今やそうでないのに(紙幣はただの紙なのに)先進国の貨幣は信用されているのです。何故なのか、何が貨幣の信用を裏打ちしているのかをよく考えてみてください。現代経済においては金などのモノに裏打ちされる「貨幣のプール論」はもはや過去の遺物なのですが、ほとんどの人はそのイメージから抜け切れていません。これにはコペルニクス的な発想の転換が必要です。ほとんどの人が持っている「政府は国民から徴収した税金を財源に事業を行っている」「限りある税収の使い道」などの固定観念が常識としてまかり通っている間は、“たとえデフレ下でも緊縮財政は必要だ(→逆でしょう…)”、“安定財源として消費税は不可欠だ(→社会保障のための目的税というのは嘘…)”、“限りある財源のパイを仲良く分け合いましょう(→いがみ合って奪い合えということ…)”、“無駄は極力なくさねばならない(→余裕はなくなり非常時に対応できなくなる…)”、などといったことはすべて正しいという結論になってしまいます。

以上から見えてくる財務省の問題は、①官僚の暴走(越権行為)、②緊縮財政・PB黒字化という省是、③自己変革できない組織体質、の3点です。

①については、今回は違いますがたとえ国益に沿ったものであったとしても弁解の余地はありません。自分たちの勝手な思惑で行った越権行為に「官僚の無謬性」は通じません。この背信行為を容認すれば日本の議会制民主主義は形骸化し、日本は財務省が意のままに支配する「財務官僚国家」の成り果ててしまいます。一般の企業や団体なら、このような部下の行為は発覚した時点で即刻解雇されるような事案です。関わった財務官僚は当然として、知っていた者全員に何らかの形で責任を取らせるべきでしょう。

②については、結論として財務省が緊縮財政になることは否めません。財務省設置法によると、財務省の役割は「健全な財政の確保、適正かつ公平な課税の実現、税関業務の適正な運営、国庫の適正な管理、通貨に対する信頼の維持及び外国為替の安定の確保を図ること」とされています。つまり、彼らはここに書いてあることを忠実に実行しているだけであり、それによって経済成長が損なわれようが、国民が貧乏になろうが、国益に反しようが、本末転倒ながらそれは政治家の役目だから知ったことではないのです。だから彼らは国民のためではなく、省益で動くといわれるのです。彼らは自己防衛のため、本能的に法令の文言には極めて忠実ですから、法律の文言を修正するか、あるいは当たり前のようですが「国民の幸福に資するために」とか「経済成長を阻害しないように」とかの文言をわざわざ入れておくべきだったのです。これは立法を行う政治家の仕事であり責任です。また、彼らはというか日本は、これまでインフレを抑えることしか考えてこなかったため、デフレという未知の体験で、積極財政が必要であったのに真逆の対応を行い失敗したのです。財務省だけでなく、理解できなかった政治家にも大きな責任があります。しかしながら、彼らが医療費亡国論や財政破綻論の嘘を政治家や国民に吹き込み、政策誘導した点は責められて然るべきです。

③については、今の財務省内では代々受け継がれてきた緊縮財政やPB黒字化の方針は絶対ですから、これに疑問や異論を持つ者は省内で生きる道はなく、省内での自己改革はあり得ません。よって変革するなら、全く発想の違う人材を外部から投入する必要があります。財務省と真っ向対立する高圧経済の方針を打ち出している経済産業省の官僚を人事異動で財務省の上層部に送り込むのもひとつの手かもしれません。また、世界中で例のないPB黒字化目標は、2001年当時に、今や悪名高き竹中経済財政大臣が「骨太2001」に導入したのが始まりで、日本の経済成長を妨げる最大の要因になっています。これは政治の判断で導入されたものですから、例えば説明は割愛しますが「ネットの資金需要‐5%」のような「新たな財政規律」を政治の力で採り入れれば財務省は従わざるを得ないし、積極財政に歯止めを求める緊縮派議員も納得させられます。財務省にどれだけ対抗できるか、政治家の力量が問われる問題です。

 財務省に盾ついて情報がもらえなくなることを極度に恐れるマスコミは決してこの背信行為を報じないでしょう。財務省に媚びを売りたい議員も声すら上げないでしょう。財務官僚には彼らなりの自負や言い分もあるでしょう。しかし今、財務省の病理を理解して手を打っていかないと日本は近い将来、必ずや発展途上国に没落するでしょう。国民への医療提供体制は益々低下し、我々医療者にとっても決して他人事ではなくなります。実は、財務官僚は「財務」には長けていても、「経済」のことは全く分かっていない、あるいは関知していないことが判明しつつあるのです。そもそも勉強もせずに、経済のブレーキを踏むことしか知らない財務官僚の言うことを鵜吞みにし、財務省をのさばらせた政治家の責任こそ最も重いと言えます。本気で経済成長を目指すのなら経済産業省の意見を最も優先すべきではなかったでしょうか。今はあまりにも財務省の言いなりになる政治家が多すぎます。簡単には行かないでしょうが、できるだけ多くの人が大手メディアでは決して流されないこの事実を知り、情報を拡散することが意識改革の大きな原動力になると信じています。