ある長距離ランナーの話

さて、ある長距離ランナーの話をしますので想像してみてください。皆さんの家の息子さんが、長距離走のレースに参加しています。このレースは1位を取ることが目的ではなく、走った距離に応じて賞金が稼げるレースで、皆さんの家の暮らしはこの息子さんの走りにかかっています。

父親から息子さんへのエネルギー補給は芋と決められています。最初は父親に芋をもらってスタートし、その後も定期的に芋はもらいますが、自分で走って稼いだ分に応じて芋を現物で返すように言われています。父親の所有する畑は経費ゼロでいくらでも芋を収穫できます。しかし出荷量が増えると1個当たりの重さは反比例して減っていきます。補給の実務はホームドクターが行っています。息子さんへの補給量は本来なら父親が決めるのですが、医学的知識の乏しい父親はほぼドクターに任せきりです。

息子さんがレースに参加した時にはすでに遥か遠く1人だけが独走中で、後はドングリの背比べ状態です。息子さんは最後方からのスタートでした。息子さんは頑張ります。しかしエネルギーがもっとあればもっと走れるのに全然足りません。そこで息子さんは走りながら独力で様々なエネルギー源を見つけては取り入れて、少しずつ体力を蓄え、筋肉を鍛えながらどんどん距離を伸ばしていきます。芋の返済も順調で調子がよいのでドクターも少しずつ補給量を増やしていきます。

息子さんはがむしゃらに走り、気がついたら2位になり、走った距離は1位の選手から7割のところまで迫っていました。3位は1位から3割のところで、4位以下はまだ2割にも達していません。皆さんは息子さんの走りのおかげで貧乏暮らしを脱出し、日に日に豊かになっていきました。

ところが息子さんは調子に乗ってはしゃぎすぎ、ケガをしてしまいます。走れなくなって歩き出します。今までのように自分ではエネルギー源を十分に調達できません。ドクターは、補給量を増やし過ぎたのが悪かったのだ、またスピードを出し過ぎてケガをしてはいけないと、歩ける分くらいまでに補給量を減らし始めます。最初のうちは少し体が軽くなりましたが、体力は全く回復しません。

息子さんは歩くのがやっとで走ることができず、1位との差は益々広がり、3位以下とは差もどんどん縮まっていきます。家計はだんだん貧しくなり、父親は何も考えられず、ドクターに「とにかく任すから何とかしてくれ」と言います。ドクターは父親に「息子さんは暴走しかねないので補給量をもっと減らしましょう。息子さんからの芋の返済はまだまだ足りませんし、最近は返済量もだいぶ減っています。いつかは全部返してもらわねばなりませんが、息子さんのお子さんにまで負担がかかってしまわないようにこの際、芋の返済量を増やしましょう。芋を作りすぎると重量がどんどん軽くなって、いつかお父さんは破産しますよ」と言います。

父親も母親もドクターが言うのなら間違いないと信じます。お父さんの畑からは補給量を減らして返済量は増やしたので差し引きの供給量はうんと減りましたが、息子さんは全く走れないままです。ドクターは「お父さん、畑の方はもうすぐ定期の供給分は差し引きゼロですよ。良かったですね。息子さんも年齢だから仕方ないですね。誰かに助っ人にでも押してもらいましょうか」などという始末です。

体力がどんどん落ち、弱って喘いでいる息子さんを尻目に、急激にめちゃめちゃ栄養補給をし始めた後方の一選手があっという間に追い抜いて2位に上がります。今や、1位との差は4倍、2位との差は3倍にまで広がり続け、4位には8割のところまで追いつかれて来ています。これを見た母親はようやく「どうして息子にもっと芋をあげて元気にしてあげられないの。何でケガをしたときに、自分で調達できなくなった分も足してもっと補給してあげなかったの。元気になって体力が回復するまででよかったのに。芋は重さが軽くなるだけで、いくらでも採れるんでしょう。それでも畑はだめになんかならないんでしょ。元々経費ゼロの畑なのに破産なんかするわけがないでしょう。ドクターは畑やお父さんの方が大事なの。どうして息子の体が弱って余裕のない時に返済量を増やさなくちゃならないの。おかしいでしょ。畑だっていくらでも収穫できるんなら返す必要なんかないでしょ」と気がつきます。

ドクターの言うことを鵜呑みにしていた父親も半信半疑ながら、母親に責められたくないので「今のままでいいんだ」と突っ張ります。プライドの高いドクターに至っては「ずっと同じやり方でやってきたからこれで間違っているわけありません。また、レース参加時に1位の選手チームから渡された『芋の補給はしすぎてはいけない』という規則を忠実に守っているのです。私は元々息子さんの主治医ではありませんし、お父さんの方が大事なのです。最近は『定期の補給量は返済量と同じにして自己調達分だけで走ってもらう』という新たなルールも作りましたし、決め事に従っているだけですから」と言います。

さて、皆さんの家族はこの先も、飢えることなく、十分な医療も受けられ、安全に暮らせるでしょうか。再び豊かな暮らしを取り戻すためにはどうすればよいのでしょうか。

次のグラフを見ながらよく考えてみてください。

【解説】 もうお気づきでしょうが、息子さんは日本国民、父親は政府、ホームドクターは財務省、母親はやっと覚醒した一部の国民、走行距離は経済成長(GDP)、エネルギー補給は財政支出、畑は日銀、芋は貨幣、芋の返済は税金、1位チームからの規則は財政法第4条、新しい規則はPB黒字化、といったところでしょうか。息子さんには今すぐ大量のエネルギー補給(積極的財政支出)が必要なことはもうお分かりと思いますが、今さらに深刻なのは、果たして一挙にそれを受け入れるだけの体力が残っているか(供給能力の棄損)、手を打つのが遅れれば遅れるほど受け入れる体力はもっと弱まるという点です。